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東京家庭裁判所 昭和42年(少イ)49号 判決 1968年2月10日

被告人 本町産業株式会社

右代表者代表取締役 飯田仲次

角田猛雄

主文

一、被告人本町産業株式会社を罰金五万円に、

被告人角田猛雄を罰金三万円に処する。

二、被告人角田猛雄において、右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置する。

三、訴訟費用は被告人らの連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

認定した犯罪事実は、各被告人に対する昭和四二年九月一九日付起訴状記載の公訴事実中、「一日につき一時間ないし二時間三〇分」とあるのを、「一日につき三〇分なしい二時間」と、別添年少者時間外労働一覧表の各実働時間および各超過労働時間を、それぞれ三〇分控除した時間数に訂正したほか、起訴状記載の事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)(編省略)

(本件公訴事実中、各三〇分を労働時間と認めなかつた理由)

一、本件公訴事実は、起訴状別添年少者時間外労働一覧表記載のとおり、年少労働者に時間外労働をさせたというものであるが、右時間外労働時間のうち、いずれも三〇分についてはこれを認めるに足る証拠はない。

(編省略)

(法令の適用)(編省略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、被告人角田が、「労働者に関する事項について、被告人会社のために行為するもの」に当らないと主張するが、被告人角田は、「昭和四一年以前から引続き被告人会社の綾瀬工場長兼取締役として、綾瀬工場に勤務する工員の出勤、退勤、休憩時間、時間外労働の管理をするほか、その日の仕事について工員に指示を与え、自からその結果を作業日報に記載する等の行為をしていた。」旨当公判廷において供述しているところであり、右供述によれば、被告人角田は、労働者に関する事項について、被告人会社のために行為するものに当るというべきであつて、同被告人が労働者の雇用、賃金、雇用後における労働条件等について、自己の意思だけでこれを決定し得ない地位にあつたからといつて、右認定を妨げるものではない。

二、労働基準法第六〇条第三項違反の罪は、一週間の経過をまつて始めて犯罪の成否が定まるものとみるのが相当であるところ、本件公訴事実の実働時間から午前、午後各一五分の休憩時間を控除すると、各年少労働者について一週四八時間を超えない週が生ずるから、その部分については罪とならず、又一日の労働時間を四時間に短縮する場合については、何等の制限がないので、中途就職、欠勤、旅行日などによつて就労しなかつた場合をも含む趣旨と解されるから、本件行為のうち、そのような事情によつて就労しなかつた日を含む週については、同条項の例外規定の要件を満し、結局罪とならないと主張する。

本件の罪となるべき事実は、前記認定のとおりいずれも一日一〇時間以内の実働時間にかかるものである。

ところでこのような違反形態の罪数について争いがあるけれども、成人労働者について、同法第三二条第一項の規制と異る態様の労働時間を許容するについては、その労働条件の明確化を厳に要求していること(同条第二項、第三六条)からみれば、成人労働者より更に厚く保護する必要のある年少労働者については、成人の場合より一層明確化が要求されて然るべきであり、また同法第六〇条第三項の規定自体、一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合を条件にしていることに徴すると、右条件は遅くとも延長の際までに短縮の計画が明示されることを要し、これが明示されない以上、一日八時間を超える労働をさせた時点において、同法第六〇条第三項違反の罪が成立するものと解するのが相当である(昭和四二年六月五日東京高等裁判所第九刑事部判決参照)。

被告人角田の当公判廷における供述によれば、被告人本町産業株式会社には、年少労働者に対する労働時間の延長に関して何等の定めがなかつたばかりでなく、時間外労働をさせるに当つてもその短縮措置について何等の指示をせず、しかもこれが短縮措置を講ずる意思さえなかつた事実が認められるので、本件認定事実は、いずれも各年少労働者ごと、各違反日ごとに一罪が成立するものというべきであつて、中途就職、欠勤、旅行日などによつて、たまたま同法第六〇条第三項に当るような外観を呈することがあつても、これがため右結論を異にすべき理由はない。従つて、この点に関する弁護人の主張は前提を欠き採用できない。

三、本件行為中、年少労働者が被告人会社の自動車に添乗して他出中、交通渋滞や配達先で待たされる等、やむを得ない事情によつて生じたものがあるが、その結果生じた違反行為はいずれも不可抗力若しくは期待可能性がないと主張する。

都内の交通が渋滞していたことは、既に公知の事実であり、現は被告人角田の当公判廷における供述によれば、本件違反行為以前から自動車に添乗して他出した際、予定帰社時間より遅れることがあり、これを知つていたこと、これをさけるためには年少労働者の添乗を廃止すれば容易に避け得ることであり、現は本件違反行為以後はその方法によつてこれを避けていることが認められるので、これらの事情のもとにおいて行なわれた本件違反行為は、不可抗力であるとか、期待可能性がなかつたということはできない。

四、本件各行為は、「いずれも年少労働者の自発的希望によつて行なわれたものであり、その時間も午前、午後各一五分の休憩時間を控除し、更に休日を除いて起訴された全期間を通算すると、一人一日平均三、四〇分程度の時間で、しかも午前七時前、午後六時以後の労働時間はないこと、その労働内容も軽作業であつて何等年少労働者の健康に影響を及ほさないこと」等の事実からみると、被告人らの行為は構成要件に当らないか、または実質的違法性を欠き、犯罪は成立しないと主張する。

なる程被告人角田の当公判廷における供述、証人海○実、同森○則および同松○博の各証言によれば、弁護人の主張する右事実を認めることができる。

しかし本件各違反行為は、労働基準監督官作成の是正勧告書および被告人角田の供述によれば、昭和四〇年一二月八日、労働基準監督官より「年少労働者に対し実働八時間を超える時間外労働をさせているが、即時是正されたい。」旨の勧告を受けたにもかかわらず、これを是正することなく年少労働者に時間外労働をさせたものであり、しかも前認定のとおり、その時間外労働は、毎週平常的に行なわれ、その時間数も決して無視し得る程軽度のものではなく、これを年少労働者を厚く保護しようとした労働基準法第六〇条の法意に照らすと、本件違反行為が構成要件に当らないとか、或は実質的違法性がないということはできない。

五、本件各行為は、被告人において各日毎もしくは各週毎に犯意が生じたものではなく、全期間にわたり一個の犯意に出たものであるから、全期間を通じ、年少労働者毎に各一罪を構成する(昭和三五年一二月一九日名古屋高等裁判所刑事第四部判決)と主張する。

しかし一罪か数罪かの決定基準については争いのあるところであつて、今かりに犯意を重視する見解に立つとしても、本件違反行為は、前叙のとおり労働基準監督官より是正勧告を受けた後のものであるから、既に年少労働者に対する法定条件以外の時間外労働は違法であるとの十分の認識を有していたものであつて、しかも時間外労働が行われたのは平常的であつたとはいえ、その間、時間外労働をしなかつた日もあり、時間外労働をさせるかどうかは、結局その日の作業量によつてきめられたものと考えられる。そうすると果して本件違反行為の全期間を通じて一個の継続した犯意であつたと認定するには疑問があり、今ここで罪数に関する前記二の見解を変える理由は見出せない。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

公訴事実(昭和四二年九月一九日付起訴状)

被告会社は東京都足立区五兵衛町四九七番地に工場を設けて建築用、家庭用金物の製造販売業を営むもの、被告人角田は同会社取締役工場長として労働者に関する事項について被告会社のために行為するものであるが、被告人角田は被告会社の業務に関し、一週間の労働時間が四八時間を超えず、かつ、一週間のうち一日の労働時間を四時間以内に短縮する場合でないのに、別添年少者時間外労働一覧表記載のとおり、昭和四一年二月七日から同年四月二三日までの間、前記工場において、満一五歳以上で満一八歳に満たない労働者森○則ほか五名に対し、一日につき一時間ないし二時間三〇分にわたる時間外労働をさせたものである。

別添年少者時間外労働一覧表(編省略)

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